中国奮闘記(24)

| コメント(0)

 前回の話:給料がありえないぐらい安くなってしまい、奥さんに背中を押されてほぼ仕方無くという形で会社を立ち上げたものの、絶対うまくいくと考えていた貿易仲介は予想通り失敗した。

 
失敗した理由はいくつかあるが、ざっと今思い返すと以下のようなことになる。
 
1. 貿易の”ぼ”の字もわからない状態なので、何から手を付けて良いかわからず、ど  うにも身動きが取れない。
 
2.現在のように気軽にEmailという時代ではなく、そういった組織で働いた経験も無い
  ので、つてもコネもあてもない状態で電話もかけようがない。
 
3.商売をなめていた
 
 
普通、会社で何年か働いてノウハウを貯め、人的なネットワーク等を構築して起業に至る人が多い中で、志高く起業した人が聞いたら怒るような理由で会社を作った僕は当然ながらそうしたノウハウやネットワークがあるわけもなく、全てが手探りであり、しかもその手探りでさわっている場所が合っているのかどうかすら確認しようがない状態だったといえる。
 
加えて、今のように気軽にメールとかSNS等でつながりを作ることができる時代ではなく、もっぱら連絡といえば電話やファックスがメインで、しかも国際電話(260円/分)になってしまうことを考えると、リストを手に入れて上から順番に営業電話なんてこともできそうになかった。
 
そして、多分この3番目の理由が一番大きかったのではないかと思う。思いつきでやる商売がうまくいくはずもない。若いということは良い方向に作用することもあるが、このときは悪い方に作用してしまい、大した考えもないまま漠然と貿易だ!と思っていただけだったので、結局は失敗した。そして生来の保留癖という悪癖がここでも顔を覗かしてしまい、どこか本気で、それこそ死ぬ気でやっていなかったというところはある。
 
 
最初に考えついた貿易は、そいういう意味では失敗というレベルにも達していない、スタートすらしていない状態で頓挫してしてしまったわけだが、なおもどこか危機感がない僕に家内はさすがに切れて、
 
「あんた、もうちょっと本気で考えなさいよ、会社作ったら終わりじゃないのよ、物を売ってお金を貰って儲けないと意味ないでしょう。能力あるわけじゃないんだから、いっそのこと日本へ行って日本人が欲しがりそうなものを研究してくるとかアクション起こしなさいよ、部屋にこもってPCみてても仕事は来ないのよ!」
 
と反論の余地が無い叱咤激励の言葉を僕に浴びせかけた。いつも思うが、うちの家内は怒るとかなり怖いが、解決策や打開策を怒鳴るので、それはそれで良き軍師ではある。
 
 
それから一週間後、なぜか僕は東京ビッグサイトにいた。

コメントする

最近の記事

このブログ記事について 記事について

このページは、qianlanが2010年8月21日 13:29に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「中国のお金持ちを理解しよう!」です。

次のブログ記事は「国家工商行政管理総局 商標審査基準のガイドラインを発表」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。