その後も彼女からの連絡をのらりくらりと交わし続けた僕であったが、ある日彼女の友達の女性から電話がかかってきた。
その女性曰く「あなたは何か勘違いをしているかもしれない、彼女は別に悪い人ではないし、ぜひあなたとお友達になりたいと思っているだけなので、一度くらいは会ってあげてもらえないか」とのこと。
ことことに至って、今までの仕打ちがあまりに失礼なことに遅ればせながら気づいた僕は、平謝りで彼女と会うことを約束した。
約束の当日、これまでさんざん逃げたり断ったりしてきたこともあり、緊張でがちがちだった僕は、靴下の色が左右で違っているのを待ち合わせ場所で気づいたほどだが、時已に遅しで彼女がとうとうやってきた。
内心ははらわたが煮えくり返っていたかもしれないが彼女は笑顔で「こんにちは」と挨拶をした、その後は僕がこれまで上海で行ったことがないようなお洒落なカフェでお茶をしながらお互いの話をした。
そのとき彼女は僕に「いろいろと怖い思いをさせてしまってごめんなさい、外国に一人で住んでいたら確かにいろいろ考えてしまいますよね」と逆に気遣いの言葉をかけてくれた。
もともととても単純な人間の僕は、この言葉ですっかり打ち解けて、これまでの自分の中国での体験や経験、今日本語学校の先生をしていること等を下手くそな中国語で説明した。
彼女もCAをやめて日本へ留学したいと考えていること、いろいろなことを僕に話したが、もともと僕に連絡をしてきたのは、そっちのほうの意味ではなくて、相談事があったかららしい。彼女はそのとき友達と大連で日本語学校を立ち上げようとしたそうで、そのときに必要な日本語の先生を探していたらしい、それで日本語の先生をしている僕に白羽の矢が立ったのだ。
世間というのはとても狭いもので、彼女の代わりに僕に電話をかけてきたあの女性というが、僕が最初に就職していた日本語学校で僕の授業を受けていたらしく、下手くそな中国語で身振り手振りで日本語を教えるスタイルが面白いという話がその女性を通じて、彼女の耳にも入っていたらしい。
つまりCAさんからのお誘いというは、何のことはない給料を1500元しかくれない張さん(仮名)と同じ日本語学校設立の相談だったのである。日本語の先生を始めてからわずか1年程度の僕は、日本語学校設立のスカウトに二度もあったことになる。
こうして現在の奥さんとのつきあいは、日本語が縁で始まった。
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