中国奮闘記(19)

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 彼女とは、飛行機の上で知り合ったというとドラマのようでかっこいいけど、それほどドラマチックな展開ではなかった。

 
その時僕は、たまたま実家に戻る大阪行きの飛行機に乗っていた。そこにこちらもたまたま彼女が客室乗務員として乗っていた。彼女は普段ファーストクラスかビジネスクラスを担当するのだが、その日は同僚が病気で欠員が出たので、エコノミークラスを担当していたらしい。
 
中国系の航空会社にありがちな、がんがんに冷房が効いている機内で凍えて遭難しそうになっていた僕は何人かの客室乗務員に「毛布をもらえませんか?」と一生懸命伝えていたのだが、これがまったく通じなかった。
 
英語はまったくできないし、下手くそな中国語では聴き取ってもらえず、最後にはイヤホンが出てくる始末、恥ずかしがり屋で内向的な僕はまったく必要ないイヤホンを片手に笑顔で「謝謝(ありがとう)」と答えるしかなかった。
 
そのとき、近づいてきて「何か欲しいですか?」と日本語で声をかけてきたのが彼女だった。サービス用語として「何か欲しいですか?」という日本語は多少問題があるかもしれないが、凍えて唇がやや紫色になりつつあった僕にとっては神の声であり、ようやく必要な毛布を手に入れた僕は彼女に何度もお礼を言った。
 
彼女は、日本語を勉強しており、将来日本に留学したいと思っていること等を僕に説明した、僕のほうも上海の日本語教室で教師をしていること、新しい日本学校を立ち上げるつもりでいること等を、50%くらいふくらまして話した。
 
すると彼女は、「私も日本語を勉強したいので、もし上海に戻ったら連絡をもらえませんか?」という予想だにしなかった答えを返してきた。後に聞いたところだと、特に深い意味はなく、純粋に日本語上達のために、日本人の友人が欲しかっただけらしいのだがそのときはお互いに電話番号を交換して、彼女は仕事に戻り、僕は再び大嫌いな飛行機の上で嫌な揺れを我慢しながら眠りについた。
 
CAさんに声をかけられた上に、また会ってもらえませんかんどという人生で一回あるかないかの展開に普通ならすっかり舞い上がってしまうかと思いきや、そのときの僕はまた無駄に冷静に「これは何か絶対に裏があるに違いない、こんな貧乏日本人にCAさんが近づいて来るなどありえない、ここには何か陰謀が感じられる」等と勝手に判断してしまい、その後上海に戻ってからも、彼女からの電話に出なかったり、お誘いを断ったり、約束の時間に現れなかったりという暴挙に出たのである。
 
結婚した今こんなことをしたら、間違いなく死刑であろうが、このどう考えても住む世界が違いすぎて、当時の僕には壮大などっきりにしか思えなかったのだ。

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このページは、qianlanが2010年6月19日 00:58に書いたブログ記事です。

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