その話はもともと、僕が働いていた日本語学校で同僚だった中国人の先生から持ち込まれた話しただった。
この人は先生は副業で、本業は不動産開発会社の社長だった、といっても巨大なデベロッパーというのではなくて、いわゆるデベロッパーの下請けでマンションの建設業務を請け負う会社の社長さんで、もらった名刺には「董事長兼総経理」と書かれてあった。
中国語の肩書きと日本語の肩書きはうまく対応しないので無理矢理合わせてみると、「代表取締役社長」というところだと思う。
その先生(仮に張さんとしておく)とはそれまで特に親しいというわけではなくたまに先生同士の食事会で話をする程度の仲だっと思う。比較的のんきな僕もさすがに最初にこの誘いを受けたときは、絶対に怪しいと感じたので、即答でお断りしたのだが、その後も張さんの執拗なスカウトは続いた。
張さんは、決して値段は高くないけども、それまで食べたことがないようなおいしい中華料理のレストランの個室に僕を引っ張って行き熱弁をふるった。
聞いたところによると、張さんは昔日本に留学していたのだそうだ。それで今はお金を稼ぐために当時一番儲かる不動産開発の会社をやっているが、それは本意ではなく、いつかは自分の夢である教育に関わる仕事をやって、たくさんの人材を育てたいと思っていたところに、たまたま不動産開発の仕事で知り合った教育事業グループの会長さんに日本語学校を経営してみないかという話をもらったらしく、日本語学校立ち上げに奔走して、ほぼ形になったところで、その教育事業グループの会長から、「日本語学校をやるからには日本人の教師がいないことには話にならないから、とにかく優秀な日本人教師を連れて来い、1ヶ月時間をやる、見つからないならこの話は取りやめる」というプレッシャーをかけられていたというのである。
それで、目にとまったのが何となく授業がうまそうにみえた僕だったのだ。張さんは僕が教え始めた1年ほどしか経ってないことを知らなかったらしく、とても驚いていた。
困った僕は正直にもともと日本語教育を専門にしているわけではないこと、教師になって1年ほどしか経っていないこと、近い将来日本に戻って別の仕事を探すつもりでいることを自分でも驚くほどはっきりと説明して、お断りしようとした。
しかし張さんもさすがに海千山千の街の社長で、「みてくれで日本人とわかれば、多少経験がなくてもばれやしない、今までたくさんの若い奴をみてきたが君の目は期待できる、俺といっしょに中日の架け橋になる人材を育てないか」等、ちょっと普通は恥ずかしくて言えないような台詞で僕をくどきにかかる。
そして最後には、「近い将来日本に帰って仕事を探すなら、日本語学校を立ち上げたという経験があるほうが、絶対に武器になるし、責任ある地位をやってもらうつもりだから、損はさせない」という言葉で僕を強引に新しい日本語学校の教務主任に就任させた。
そんなことで、日本語教師一年で僕は新しい日本語学校の教務主任を務めることになってしまった。これがまたとんでもないことになるのが、その話は来週にしたいと思う。
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