待ちに待ったカレー曜日に、張り切りすぎてコンロの火がガスホースに燃え移り溶解、油田のように火が吹き出してしまった僕は、このままで家が全焼という恐怖におびえながらも何とか冷静に消防署に電話した。
こういうとき中国も日本も同じで、電話の向こうの係の人はとても冷静だ。電話をかけてきた人間を落ち着かせるためらしい。「はい、消防署です、どうしましたか?」と男性が落ち着いた声で応対してくれた。僕はとにかくパニックになっている上、中国語が下手くそなのでひたすら電話に向かって「火事です、火事です」としか答えることできない。
事態を理解してくれたらしいその係の男性はゆっくりと僕にもわかるくらいのスピードと明瞭な発音で「あなたの住んでいる場所の住所と電話番号を教えてもらえますか?それから火事の火の大きさはどのくらいですか?」と訪ねてきた。
慌てふためきながらも住所と電話番号は何とか答えたのは良かったが、もう一つの質問「火事の火の大きさはどのくらいですか?」には、気が動転していたことと、そんなトラブルの時に使う中国語の能力は持ち合わせていなかったこともあり、あせって「非常大(とても大きいです)」と答えてしまった。
電話の向こうの男性も「非常大」にはさすがに驚いたらしく、ちょっと慌てた声で「すぐに消防車と救急車が行きますから」と早々に電話を切ってしまった。
消防署の声を聞いて多少落ち着いたものの、火は相変わらずごうごう燃えている。建物や他の家電等に燃え移らないことを祈りに祈って10分くらいが過ぎたころ、遠くのほうからサイレンの音が聞こえてきた。普段サイレンを聞いても何も感じないけども、この時ばかりは、サイレンの音が神様の激励の声に聞こえた。
早く早く!とひたすら待つ、そして10分くらい経っただろうか、10人くらいの消防士さんが一斉に家に駆け込んできて真剣な表情で「火はどこだ?!」と叫んだ。僕は必死になって火が出ているガスコンロあたりを指さした。
消防士さんは、その火をみたとき僕にも聞こえる声で「ええっ?これ?!」とつぶやいた後、防火服に身を包んだその手でガスコンロの元栓を冷静に捻ったところ、火はシュルシュルシュルと音を立てて消えた。
こうして、何とか火は消し止められた。
電話の向こうから「火事は非常大(とても大きい)」という報告を受けた消防署は、僕の住んでいるエリアが古い高層マンションが密集する地区であることもあり、ほぼ消防署総動員の体制で出動してきたそうだ。カレーを作ろうとして起こした小さな火事で、結果として消防車3台、救急車1台、消防士さん10人を動員させてしまうことになるとは夢にも思っていなかったのだけれど、とはいえマンションの13階でもし本当に大きな火事になっていたら冗談では済まないのだから、消防署の皆さんには感謝してもしきれないし、近所の方々にもご迷惑をおかけしたことを謝罪してもし足りないと今でも思う。
このとき、この火事騒ぎでわかったのは、中国の人は外国人にとても優しいということだ。仕事とはいえ冷静にゆっくりと話を聞いてくれた係の人、火が消えた後も外国人が一人で住んでいたら小さな火でもパニックになるのは仕方無いと慰めてくれた消防士さん、騒ぎを聞きつけて出できた「また火事になったら大変だから、お腹すいたらうちに来たらご飯食べさせてあげるよ」と言ってくれたおばちゃん等、皆僕が言葉も満足にできない外国人というので気を遣ってくれたのか、とても親切にしてくれた。
でも、なんと言っても一番感謝しないといけないのは、方々に電話をして、「この人はあやしい人じゃない、中国語を学びに来ている日本人なんだ」とちゃんと説明してくれた今の家内かもしれない。
そんなことがあってから、中国語能力の無さを痛感した僕は今まで以上に真剣に中国語を勉強するようになり、日本語学校の教師の仕事にもますますのめり込むようになっていった。
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