2010年5月アーカイブ

「ネット全履歴もとに広告」総務省容認 課題は流出対策

日本国内のニュースなんですが、ちょっと中国を引き合いに思うことがありましたので。
これは海外でも話題になりそうな予感がします。

記事の最後のほうに「総務省の事務方はかなり積極的だったが、参加者の間では慎重論」とあります。参加者ってのはプロバイダー業者の方々なんでしょう。要件からするとプロバイダーのほうが儲かるので積極的にやりたく、総務省はプライバシー侵害の可能性があるので待ったをかけてもいい気がします。そう考えるとなんとなく奇妙な話し合いの感じがしますね。

この仕組みが実現されると、技術的な観点から次のことが考えられます。

  1. 提供すべき広告を分析するために、ユーザーの通信データをある程度の期間、ある程度の量蓄積する(おそらく現在ウイルス駆除などの目的で一時的に蓄積されているデータよりも多い)
     
  2. 1に関連して、通信データと個人をひもづける情報もある程度長い期間蓄積されるのかもしれない。
     
  3. 通信データは検索キーワードよりもプライベートなデータが蓄積される可能性がある。(アクセスしたサイト、そのサイトでどんな操作をしたか、何を登録したか、どんなファイル、画像をダウンロードしたか、どんなメールやSkype、インスタントメッセージをやりとりしたか など)

まあ他にもあると思いますが。

これだけのデータを蓄積した場合、広告提供以外の用途にいろいろ使えますね。
簡単に言うと、ある特定の人が最近ネット上でどのような行動をしたかということが全てトレースできます。これはすごいですね、警察の犯罪捜査などに非常に有効でしょう。

しかし、、よく考えてみるとこれって検閲なんじゃないでしょうかね?
技術的な仕組みとして、プロバイダが得られる情報は中国のグレートファイアーウォール(金盾)のそれと変わらないような気がしてきました。

さらには最近中国で全面的な導入が見送られたGreenDamとも同じことができそうです。

あくまで技術的にはということなので、総務省が「検閲目的には決して使用しません」と言ってしまえば検閲ではないのかもしれないです。しかし検閲が実現できる仕組みを実現するということ自体が検閲であると定義できないとも言えないかと思います。このへんは記事中で鈴木教授がおっしゃっている

業者がうそをつくことを前提にした制度設計が必要

ということにかかると思います。

技術的に業者がうそをつけない仕組みが実現できればいいでしょう。しかしかなり困難ではないでしょうか。制度づくりも同様で、実現できたとしてもプロバイダ業の運営に大きなリスクが伴うモノになる可能性があります。だからプロバイダも慎重なんじゃないでしょうかね。

以上、中国を引き合いにしたちょっと極端な解釈でした。
しかし場合によってはひどいことになるよという可能性を示したくて書いておきます。

まあ日本のインターネットが検閲されるなんてことにはならないと思いますけどねえ。

中国奮闘記(15)

 その話はもともと、僕が働いていた日本語学校で同僚だった中国人の先生から持ち込まれた話しただった。

 
この人は先生は副業で、本業は不動産開発会社の社長だった、といっても巨大なデベロッパーというのではなくて、いわゆるデベロッパーの下請けでマンションの建設業務を請け負う会社の社長さんで、もらった名刺には「董事長兼総経理」と書かれてあった。
 
中国語の肩書きと日本語の肩書きはうまく対応しないので無理矢理合わせてみると、「代表取締役社長」というところだと思う。
 
 
その先生(仮に張さんとしておく)とはそれまで特に親しいというわけではなくたまに先生同士の食事会で話をする程度の仲だっと思う。比較的のんきな僕もさすがに最初にこの誘いを受けたときは、絶対に怪しいと感じたので、即答でお断りしたのだが、その後も張さんの執拗なスカウトは続いた。
 
張さんは、決して値段は高くないけども、それまで食べたことがないようなおいしい中華料理のレストランの個室に僕を引っ張って行き熱弁をふるった。
 
聞いたところによると、張さんは昔日本に留学していたのだそうだ。それで今はお金を稼ぐために当時一番儲かる不動産開発の会社をやっているが、それは本意ではなく、いつかは自分の夢である教育に関わる仕事をやって、たくさんの人材を育てたいと思っていたところに、たまたま不動産開発の仕事で知り合った教育事業グループの会長さんに日本語学校を経営してみないかという話をもらったらしく、日本語学校立ち上げに奔走して、ほぼ形になったところで、その教育事業グループの会長から、「日本語学校をやるからには日本人の教師がいないことには話にならないから、とにかく優秀な日本人教師を連れて来い、1ヶ月時間をやる、見つからないならこの話は取りやめる」というプレッシャーをかけられていたというのである。
 
それで、目にとまったのが何となく授業がうまそうにみえた僕だったのだ。張さんは僕が教え始めた1年ほどしか経ってないことを知らなかったらしく、とても驚いていた。
 
困った僕は正直にもともと日本語教育を専門にしているわけではないこと、教師になって1年ほどしか経っていないこと、近い将来日本に戻って別の仕事を探すつもりでいることを自分でも驚くほどはっきりと説明して、お断りしようとした。
 
しかし張さんもさすがに海千山千の街の社長で、「みてくれで日本人とわかれば、多少経験がなくてもばれやしない、今までたくさんの若い奴をみてきたが君の目は期待できる、俺といっしょに中日の架け橋になる人材を育てないか」等、ちょっと普通は恥ずかしくて言えないような台詞で僕をくどきにかかる。
 
そして最後には、「近い将来日本に帰って仕事を探すなら、日本語学校を立ち上げたという経験があるほうが、絶対に武器になるし、責任ある地位をやってもらうつもりだから、損はさせない」という言葉で僕を強引に新しい日本語学校の教務主任に就任させた。
 
そんなことで、日本語教師一年で僕は新しい日本語学校の教務主任を務めることになってしまった。これがまたとんでもないことになるのが、その話は来週にしたいと思う。

中国奮闘記(14)

 日本語学校で働いていた僕は、その後なんとか授業にも慣れてたくさんの授業をこなすことができるようになっていった。

 
幸いなことに学生さんから苦情が出るようなこともなく、脱落する学生もあまりいない授業をできるようになったことは素直にうれしかった。
 
学校で日本語を教えている先生はいろいろな人がいた。日本人の場合は、僕のように留学した後に就職した人、駐在員の奥様でアルバイトとしてやっている人、なんだかわからないけどもう上海に何年もいる人、留学中でアルバイトで来ている人等いろいろで、中国人の場合は逆にほとんどの人が昼間はお仕事をしていて、夜アルバイトで先生をしている人が多かったと思う。
 
中国の場合、本職以外に副業があるというのはあまり珍しいことでは無いし、授業は夜の6時から始まって大体10時までなので、本業が終わってから授業に来ることができる。そのときは何も思わなかったけども、今実際に自分が会社を経営する立場になってみると、自分の会社の社員が副業で夜遅くまで働いているとしたら、翌日ちゃんと仕事してくれるのか心配になるし、勤務中にボーっとしていたり、寝ていたりする社員をみかけると、ひょっとして副業やってるんじゃないのと疑ってしまう(弊社は一応副業禁止です)。
 
その後約1年の間、日本語学校で先生をやっていたのだが、授業に慣れるに従って準備→授業→準備→授業という無限ループに飽きてきたこともあり、退職しようかなと思うようになった。
 
そのときも留学終了時と同じで選択しは二つ、ひとつは日本へ帰って仕事を探す、二つ目は中国に残って別の就職先を捜すこと。
 
ますます悪くなる日本の景気と、相変わらずの保留癖という僕の欠点が遺憾なく発揮される将来の進路は、順当にいけば今の日本語学校に残るという選択だったはずなのだが、予想外の展開が発生し、なぜか新しい日本語学校立ち上げに参加するということになった。
 
いつになく積極的に物事に関わっていって獲得する成果が、給料が今までの5分の一になってしまうことだとはこのときはさすがに予想だにしなかった。

 アップルとデルとHP、自殺続くFoxconnの深セン工場を調査中

 
中国でも今一番話題になっている事件です。2010年に入ってもう今現在已に12人が飛び降りて10人が死亡しているというので、同社の「社員の個人的な理由」という言い訳は通用しなくなってきました。
 
iPhoneやiPod、Mac Book等の生産で有名な同社ですが、ここまで問題が大きくなると、とばっちりを恐れるアップルやそれ以外の企業も何からの動きをみせる可能性は高そうです。
 
特にアップルはiPadの発売という華々しいニュースに水を差されるわけですから苦々しい思いでいることでしょう。
 
中国ではこういった問題が発生しても経営者や責任者が謝罪や会見を行うなんてことは絶対にしません。唯一例外は2008年に汚染ミルク事件で赤ちゃんがたくさん亡くなったときに、ミルクメーカーの社長が謝罪会見を行ったくらいです。
 
だからこそ、先日のトヨタ社長が自ら中国にやってきて会見を行ったことは中国のメディアでも大きなインパクトを持って受け入れられました。
 
今回、Foxconnの総裁も会見を行いましたが、これは従業員や社会に対する謝罪というよりもおそらく取引先に対する謝罪というメッセージがあるのだと思います。
 
従来から台湾人は大陸人を使うのがとてもうまいというのはよく言われてきたことですが、ここに来てこうした負の影響も出てきていますし、従業員の雇用と管理という意味ではこれは台湾の会社だけの問題ではなくなって来そうな気配です。

Great Firewall of China

中国から海外のサイトへのアクセス状況がわかるサイトです。
今どこがブロックされていて、どこがつながるか。政府に目をつけられているであろうサイトがタグクラウド式にわかりやすく閲覧できます。

現状みたところGoogle.com, MySpace.com, Youtube.comなんかが遮断サイトの筆頭ですね。当然のごとくGoogle関係のサイトがダメと。Googleのオープンイノベーションは中国政府にとって煙たいだけのものなのでしょうか。

定番で遮断されている筆頭サイトはともかくとして、他のいろいろなサイトの状況をクリックしてみてみると面白いことがわかります。ものによっては遮断されていてもある時期からアクセスができるようになっていて、またその後で遮断。というところもあります。少し前に日本のWikipediaが数週間中国から閲覧できるようになっていたということもありましたし、金盾のフィルタリングは何か流動的な感があります。

以前そのことを中国の友人に聞いたところ、「たぶん担当の職員が変わるたびにその人の趣味で振れるんじゃね?」というような答えが返ってきました。そんなにアバウトなもんなんでしょうかね?まあでもこれも公務員の仕事なんでしょうから、そうなのかもしれません。上層部の監督が甘かったらどこまでもザルなのが中国のお役所仕事ですから。

パクリじゃない中国

パクリが言われて久しい中国ですが、それは手っ取り早いからやっているだけで、決してオリジナルを生み出す能力が無いわけではないのです、その証拠をお見せしたいと思います。

 
2006年短水路世界水泳選手権i マスコットキャラクター「勇勇」ヨンヨンは間違いなく中国のオリジナルです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

1041312651.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

WS000001.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱくってくれていいかもしれません・・・・・

 

 今日の百度検索ワード急上昇ランキング

http://top.baidu.com/once/

 

1人皮夹克  連続殺人犯、被害者の皮で作った財布を所持2189 
2数钱费 中国の銀行では大量の小銭を数えてもらうには費用がかかります1008 
3阿帕里西奥 スペイン人スター闘牛士、牛の角で喉を刺し貫かれるも命は助かる900 
4八里台立交桥坠桥  天津の八里台立体交差が倒壊した事件1798 
5对朝心理战 北朝鮮に対する心理戦関連438 
6张国立嫁女 中国の著名俳優張国立さんのお嬢さんがご結婚311 
7史冬鹏 赢 刘翔 中国110mハードルの新鋭、国民的スター劉翔に勝利279 
8鞍钢股份 停牌 鞍鋼株取引停止、報告義務怠る等違反多数で271 
9能召回前世的汶密叔叔  カンヌ国際映画祭パルムドールにタイの「ブンミおじさん」237 
10海普瑞 停牌 海普端株取引停止、粉飾決算の疑い等で230

 

中国奮闘記(13)

待ちに待ったカレー曜日に、張り切りすぎてコンロの火がガスホースに燃え移り溶解、油田のように火が吹き出してしまった僕は、このままで家が全焼という恐怖におびえながらも何とか冷静に消防署に電話した。

 
こういうとき中国も日本も同じで、電話の向こうの係の人はとても冷静だ。電話をかけてきた人間を落ち着かせるためらしい。「はい、消防署です、どうしましたか?」と男性が落ち着いた声で応対してくれた。僕はとにかくパニックになっている上、中国語が下手くそなのでひたすら電話に向かって「火事です、火事です」としか答えることできない。
 
事態を理解してくれたらしいその係の男性はゆっくりと僕にもわかるくらいのスピードと明瞭な発音で「あなたの住んでいる場所の住所と電話番号を教えてもらえますか?それから火事の火の大きさはどのくらいですか?」と訪ねてきた。
 
慌てふためきながらも住所と電話番号は何とか答えたのは良かったが、もう一つの質問「火事の火の大きさはどのくらいですか?」には、気が動転していたことと、そんなトラブルの時に使う中国語の能力は持ち合わせていなかったこともあり、あせって「非常大(とても大きいです)」と答えてしまった。
 
電話の向こうの男性も「非常大」にはさすがに驚いたらしく、ちょっと慌てた声で「すぐに消防車と救急車が行きますから」と早々に電話を切ってしまった。
 
消防署の声を聞いて多少落ち着いたものの、火は相変わらずごうごう燃えている。建物や他の家電等に燃え移らないことを祈りに祈って10分くらいが過ぎたころ、遠くのほうからサイレンの音が聞こえてきた。普段サイレンを聞いても何も感じないけども、この時ばかりは、サイレンの音が神様の激励の声に聞こえた。
 
早く早く!とひたすら待つ、そして10分くらい経っただろうか、10人くらいの消防士さんが一斉に家に駆け込んできて真剣な表情で「火はどこだ?!」と叫んだ。僕は必死になって火が出ているガスコンロあたりを指さした。
 
消防士さんは、その火をみたとき僕にも聞こえる声で「ええっ?これ?!」とつぶやいた後、防火服に身を包んだその手でガスコンロの元栓を冷静に捻ったところ、火はシュルシュルシュルと音を立てて消えた。
 
こうして、何とか火は消し止められた。
 
電話の向こうから「火事は非常大(とても大きい)」という報告を受けた消防署は、僕の住んでいるエリアが古い高層マンションが密集する地区であることもあり、ほぼ消防署総動員の体制で出動してきたそうだ。カレーを作ろうとして起こした小さな火事で、結果として消防車3台、救急車1台、消防士さん10人を動員させてしまうことになるとは夢にも思っていなかったのだけれど、とはいえマンションの13階でもし本当に大きな火事になっていたら冗談では済まないのだから、消防署の皆さんには感謝してもしきれないし、近所の方々にもご迷惑をおかけしたことを謝罪してもし足りないと今でも思う。
 
このとき、この火事騒ぎでわかったのは、中国の人は外国人にとても優しいということだ。仕事とはいえ冷静にゆっくりと話を聞いてくれた係の人、火が消えた後も外国人が一人で住んでいたら小さな火でもパニックになるのは仕方無いと慰めてくれた消防士さん、騒ぎを聞きつけて出できた「また火事になったら大変だから、お腹すいたらうちに来たらご飯食べさせてあげるよ」と言ってくれたおばちゃん等、皆僕が言葉も満足にできない外国人というので気を遣ってくれたのか、とても親切にしてくれた。
 
でも、なんと言っても一番感謝しないといけないのは、方々に電話をして、「この人はあやしい人じゃない、中国語を学びに来ている日本人なんだ」とちゃんと説明してくれた今の家内かもしれない。
 
そんなことがあってから、中国語能力の無さを痛感した僕は今まで以上に真剣に中国語を勉強するようになり、日本語学校の教師の仕事にもますますのめり込むようになっていった。

中国奮闘記(12)

 今でこそ上海は日本食レストランが山のようにあって、食材やら調味料等もどこでも手に入るようになったけども、2000年当時は日本食というのはなかなか貴重だったし、なので、時折日本に戻った際に、調味料やインスタント食品を大量に買い込んで持って帰るのが普通だった。

 
決して高くはない日本語学校の先生の給料では毎日外食というわけにもいかないので、自炊をしていたわけだが、野菜や肉等普通の食材は家の近くにある菜場(市場)で買えば驚くほど安かったので、このときに料理の一通りを覚えたのは中国留学の成果の一つでもあるかもしれない。
 
とはいえ自分で作った和食のような中華のような料理も毎日では飽きてくるので、月に2、3回登場して大活躍するのが、日本から持ってきたカレールーやすし太郎で、準備→授業、準備→授業の繰り返して疲れ切っていた僕の心を唯一いやしてくれるのがカレーとすし太郎だったことを思えば、○ウス食品さんと○谷園さんには感謝してもしきれない。
 
その日も待ちに待ったカレー曜日で、僕は張り切って準備をしていた。野菜を切り、肉を解凍、カレールーも中辛をチョイス、隠し味用のダシの素(後日カレーうどんを作るために和風に仕立てる)もぬかりなく、スーパーで買ってきた愛用の30元鍋に野菜を入れまずは軽く炒める。
 
やや火が通ったところで、鍋に水を注ぎ込むわけだがここで事件が起きた。
 
僕が当時住んでいた家は交通の便は良いもののやや古いマンションでガスコンロも今のようにキッチンに埋め込まれていたりとか、ガス栓が金属製というのではなくて、ガスの元栓からゴムホースでコンロにつないでいるタイプのものだった。日頃から火とゴムホースの距離が非常に近いことを危惧していたわけだが、この日うきうきでカレーを作っていた僕は、そのことをすっかり忘れて豪快に鍋に水を注ぎ込んだところ、水が少しこぼれてコンロの火にかかってしまい、火が一瞬大きく燃え上がった。
 
 
とその瞬間、ゴムホースに火が燃え移りみるみる溶解、ホースが一瞬で溶けてしまった。
 
 
となると、この後どうなるか。想像通り元栓からガスが出ているわけだから、ガスに引火して火がごうごう吹き出し始めたのである。わかりやすく言えば中東の火が吹き上がる油田のようなイメージだ。
 
まさに掘り当てた!という勢いで火がごうごうと燃えているのをみてパニックになりながらも、とにかく家が火事にならないようにコンロの回りから燃えそうなものを全て取り払ったうえで、ガスの元栓を閉じようと試みたが元栓が火の向こう側にあるので手が出せない。ぬれたタオルをかぶせようとしても、火が大きすぎてかぶせた瞬間にタオルが燃えてしまって、かえって危ない
 
このままでは埒が明かないと思った僕は、燃えそうなものをとにかく徹底的に取り除いたうえで、中国の消防署に電話した。
 
つづきます。

中国人も日本のように「パクリ」を正当化しよう

タイトルも面白いですが読んでみるとなかなかツッコミどころの多い記事でさらに面白いです。
そもそも真似ではなく「パクリ」と揶揄される行為は正当化できる行為でないからそう言われるわけで、それを正当化しようというのは矛盾している気がします。

日本人はただ「パクる」だけでなく、そこに創意工夫を施してさらに優れた製品を作り出す点ではすごいと思うが。

だからそれはもうパクリじゃないじゃないですか。と。
世界から非難されている中国の「パクリ」は意匠や商標、著作権などを無視した違法なコピーであり悪質な金儲けの手段です。それは何も中国の商売全てを差しているのではなく、一部の悪質な業者の行為を指します。まあその悪質な業者とそれを実質黙認することが多い政府のせいで中国人全体のイメージが悪くなっていることについては、真っ当に働いている中国人ビジネスマンには同情しますが。

記事にもあるように、模倣はどの国の文化も発展の途上でたどる道です。
わかってほしいのはその模倣を非難しているのではなく一部の邪で人に迷惑をかけている行為が非難されているということです。そのような迷惑があるうちはどの国の人でも理解し合ってともに成長する気にはなれないんじゃないでしょうか。

 

隣の人の携帯電話

 今日となり合わせた人(25人)の携帯電話ブランド

 
NOKIA         8人
SonyEricsson    4人
iPhone                  3人
Samsung             3人
Motorola               2人
LG                         1人
Lenovo                1人
Dopod(HTC)     1人
SHARP              1人
OPPO                1人
 
NOKIAが圧倒的です、iPhone大健闘、OPPOは地方を中心にシェアをのばしている中国系メーカーです。

 最近、上海で有機野菜を毎朝お届けしますというサービスをよくみかけるようになりました。

 
契約農場で栽培した無農薬有機野菜を毎朝二種類届けてもらえます。お値段は20元/日で一ヶ月600元です。日本円だと約8000円です。
 
日本人の感覚からすると、有機野菜を配送してもらえるとなるとまあそれくらいするものかなと思うかかもしれませんが、中国の消費者からするとこの価格は相当に高いです。
 
普通に3人家族で贅沢しなければ、一ヶ月の食費が600元くらいでおさまることを考えると、野菜だけで600元は如何にも高いわけですが、この有機野菜配送サービスは富裕層の間では結構広がっていて、私も紹介でこのサービスの存在を知りました。
 
そのほか契約農場での野菜栽培の体験会を開催している以外に、月々いくらか払えば自分専用の畑スペースが借りられて、そこで自家栽培ができるサービスも提供しているそうです。
 
高いお金を払っても安全を買いたいと思う富裕層は中国で爆発的に増えているので、今後は「お金で安全を買う」式のサービスが増えていくのではないかと思います。
 
2010-05-19 07.22.07.jpg

 上海で運転するようになって6年ほど経ちましたが、最近こちらで運転する日本の方も増えておりますので、いくつか要点をまとめてみました。

 
1,外国人の中国免許取得が以前に比べて相当難しくなっている。
 
2,左ハンドルは、ウィンカーだと思ったらワイパーという儀式を済ませればすぐ慣れる
 
3,ブレーキを踏むタイミング、車間距離、譲るタイミングのほうが実はとても重要
 
4,優先は軍車輌、警察車輌、トラック、バス、バン、ワゴン、セダン、小型車、バイク、自転車、人
 
5,変に譲るとかえって危ない
 
6, 今の路上は、マナーの悪いベテランドライバーと、技術の低い初心者ドライバーがほとんど
 
7,交通渋滞を引き起こさない程度にできるだけ自分のペースで走る
 
8,パッシング、あおり、割り込みは日常茶飯事なので、いちいち腹を立てない
 
9,車よりもむしろ電動自転車や自転車に気をつけないといけない
 
10,上海は内環、中環、外環、延安高架、南北高架をおさえておけばほぼ問題無し
 
以上です、また思い出したら追加していきます。

 今日の百度検索ワード急上昇ランキング

http://top.baidu.com/once/

 

1quintus 俳優 謝霆峰と女優 張柏芝の第二子、5月12日午前5時誕生7383 
2张澎 有名声優、トム・ハンクス、ブラッド・ピット等担当2909 
3宵禁 中国の憲法が規定する厳戒令のようなもの、詳しくは自分で調べましょう731 
4香港now宽频633 香港の有料テレビ放送、海外のサッカーの試合を放送している673 
5高建勋 公安局局長、収賄の疑いで審議中615 
6锡耶纳vs国际米兰直播 セリエA シエナ対ACミラン1513 
7意甲直播 セリエA生放送4602 
8国奥 勒沃库森 中国五輪代表VSバイエルレバークーゼン、6:1で中国五輪代表惨敗787 
9凯尔特人vs魔术 NBA セルティック対マジック697 
10嗨淘 最近若者に人気のオンラインブティック2240

 

中国奮闘記(11)

 まずもって日本語がわかるということと日本語を外国人に教えるというのはまったく別のことだ。

 
簡単な例をあげると「ドアを開ける」と「ドアが開いている」の違いを中国の人に教えるとなると、これは相当に難しいことになる。言葉で説明してもまったく理解してもらえないので、身振り手振りを交えて「ドアを開ける」と「ドアが開いている」を必死に説明する様子ははたからみているとジェスチャーゲームに近い。それでもクラスに10人いればわかってくれるのは半分いればいい方で、完璧に理解してもらうことは不可能に近かった。
 
学校には日本人の先生と中国人の先生がいたのだが、中国人の先生はやっぱりそういう中国の人が理解しにくい部分や文法を、自分の経験も交えながら教えるのがとても上手で日本人ではそうしたことをうまく説明するのは難しい。逆に日本人の先生は母国語というので、存在自体が生徒さんから受け入れられやすいし、自分たちの生活習慣や文化、体験等が全て授業のネタになるという強みがあった。
 
日本はこんなことがあって、日本人はこんなことを考えていてと話をするだけで、生徒さんがとても興味を持って聞いてくれるというのは、毎回事前に資料を準備して、当日大勢の生徒さんの前で説明して、質問を受けるというなかなか大変な仕事のモチベーションにもなったし、以前にも書いたがこの経験は、現在の仕事にもとても役だっている。
 
とはいえ、いくら日本人だからといってそうそう毎回新鮮なネタがあるわけでもないし、文法等もしっかりと教えないといけないので、事前の準備は相当に大変だった。授業は1コマ50分だけど、その50分の授業のための準備は最低でも1時間はかかるわけで、一日に四コマ持ったとすると、準備には3時間は普通にかかっていた。
 
教科書を一周すれば、次回は準備したものが再利用できるから多少楽になるとはいえ、それをやると今度は授業がつまらなくなっていく。学校といいなが、日本語スクールは商売なので、先生の授業がつまらないと学生さんもだんだん来なくなるし、他の先生の授業で、スタート時は生徒さんの数が20人だったのが最後は4人かになっているのをみると、これは相当なプレッシャーで、やはり毎回新鮮なネタを準備せざるを得なくなる。
 
日本語を勉強しにきているのだから、そんなにいろいろやらなくても教科書の内容を普通に教えればいいし、それで来なくなる人がいるならそれはその生徒の問題だから気にすることはないという考えの人もいたが、僕個人的としてはお金をもらってサービスを提供しているという意味では日本語学校もその他のサービスと同じなのだから、そこまで割り切ってやってしまうのはせっかくお金を払って来てくれている生徒さんに失礼だなあと思っていた。
 
実際はそんな偉そうなことを言うまでもなく、中国の人に日本語を教えるのは楽しかったし、準備は非常に大変だったけれども、人前で何かを説明すること、その反応をみながら話題を微修正しつつうまく皆を参加させる空気を作ること、会話の中から生徒さんのニーズをくみ取ること、日本語を教えることで身につけた技術は非常に多かった。
 
そして何より一番大きかったのは、先生を経験したことで性格が多少外向的になったのことと、猫背が治ったことでした。

中国奮闘記(10)

そうこうしているうちに僕の留学生活もあっという間に終わりに近づいた。

 
留学が終了した後の選択は三つあった、1,日本へ帰って仕事を探す、2,中国に残って中国で仕事を探す、3,もう少し中国語を勉強するという三つだ。
 
日本へ帰って仕事を探すといってもそのころ日本はますます景気が悪くなっていて文学部上がりの多少中国語ができる人間など雇ってくれるところは無かったし、もう少し中国語を勉強するにしても留学資金は底をついていたので、結果としては2番目の選択しか残っていなかった。
 
こうして僕は上海に残って仕事を探すことになったのだけれども、ほとんど社会人経験や日本企業での仕事の経験が無い僕が上海で仕事を探すというのはいくら中国語を解する日本人が貴重だった当時であっても容易なことではなかったし、内気でかつ自堕落なうえどこか甘えたところもあり、必死になって仕事を探していなかったあのころは、思えばかなり愚かだった。
 
とはいえお金は日に日に減っていく、何とか仕事を見つけないと冗談抜きに餓死だとさすがに焦り始めたその頃にやっと仕事が見つかった。ちなみに仕事が見つかって働き始めた第一日目の時点での所持金は日本円にして6800円だった。
 
やっとのことで見つかった仕事は安易と言えば安易なのだが日本語学校の先生だった。中国人に日本語を教えるという仕事だ。その当時も已に上海にはたくさんの日本語学校があって、下は半年で300元で、教室に生徒が60人の大講義といったものから、マンツーマンで一時間300元という高級なものまで様々だった。
 
僕が就職したのは、その中でも比較的授業料が高い日本語学校で、やってくる生徒さんも、お金持ちのお子さん、日本企業の中国人社員(会社が費用負担している)、ご主人が日本人という中国人の奥様等、比較的裕福な生徒さんが多かったように思う。
 
その中でなんと言っても一大勢力を誇っていたのは、夜のお仕事をしているお姉さんたちだった。日本語ができるとそういう日本人向けのお店で働くことができるので、収入が増えるという直接的なモチベーションもあるせいか、とても意欲的な生徒さんが多かったし何より普段日本人との接触があるせいか飲み込みも非常に早く、驚くほど短期間の間に皆日本語が上手になっていった。
 
そういう出来のよい夜のお姉さんたちに日本語を教えるのは楽しくはあったけれども、唯一困ったのは出勤前に準備万端で来るせいか、衣装がものすごかったのと、香水のにおいがとんでもなかったことで、目のやり場には困るし、家に戻るとスーツが嗅いだことのない香りを放っていたことだ。
 
そういう多少困ったことはあったものの、基本的には中国の人に日本語を教えるという仕事はやりがいもあれば、勉強にもなったし、逆に僕の中国語もこれで急速に上達することになった。何より先生である以上大勢の生徒さんの前で話をしなければならないので、このたくさんの人の前で中国語で説明をするという体験は、後に起業した際に非常に役に立つ経験になったと今でも思う。
 
とにもかくにも僕の中国仕事生活は始まった。最初は日本人なら日本語くらい簡単に教えられるだろうと思っていたが、働き始めてそれが甘い考えだと気づくのに大した時間はかからなかった。

 日本でもiPhone以降、Xperia、Desireと盛り上がる一方のスマートフォンですが、中国のあくまで普通の人の場合、ファッションとかステータスとしてスマートフォンを持っている人は多いですが(実際普通の携帯電話が数百元でも買えるなかスマートフォンは最低でも3000元はする)、それをスマートフォンと認識して使っているかは疑問のあるところです。

 
私もiPhoneとGoogle携帯電話(G1)を使ったことがありますが、iPhoneはともかくAndroid搭載のスマートフォンは新しい物好きじゃないとなかなか使いこなすのもおっくうなような気がします。現にうちの奥さんは操作方法がわからなくて私のG1で電話をかけられないくらいですから。
 
なので長い目でみれば当然主流になっていくだろうスマートフォンではありますが、中国では今のところ人気大爆発とは言えないようです。
 
以前友人が言っていたことは妙に納得していて「Androidがどうだとか言っている間はまだだめ、誰もAndroidを意識しなくなってこそ本物」というのは至言だと思います。

 市長「政府のツケ…香川とブランド守る連携も」 松阪牛商標登録、中国却下

 
 
以前セミナーでもお話させていただいたのですが、中国では已に日本の都道府県の名前や主要な名物、物産の名前はあらかた商標登録されていると言われています。
 
こうしたものは、一度登録されてしまうとそれを取り返すのは困難ですし、解決しようと思えば方法はお金しかありません。本物よりも先に登録した企業や個人は当然それを狙ってやっているわけですから、お金で解決しようとするととんでもない金額を請求されることが多いようです。
 
今となっては已に遅いのですが、仮に今は中国に進出するつもりは無かったとしても、保険をかける意味でも中国での自社名やブランド名の商標登録状況を調査してみることも必要かもしれません。

 中国でも公共の場所では携帯電話はマナーモードとか電源を切ったりという決まり事はあるのですが、あまり誰も守っていません。

ただ、ガソリンスタンドだけは別で、皆さんしっかり守って携帯電話で話している人をみかけません、やはり爆発するのが怖いからかもしれません。

中国での公共マナーの向上は、このガソリンスタンドで携帯電話→爆発するかもというふうに、自分に何か不幸や嫌なことがふりかかってくるということをリアルに思いうかべられるかどうかにかかっていると思います。

罰金というのは手っ取り早いですが、もっと他に良い方法はないものかなあと思ったりします。

中国市場で戦う(7)

 ・販売価格は安いですか?
・若者をターゲットとした商品ですか?
・実用的な商品ですか?
・一目で何に使うか理解できますか?
・中国に実店舗を持っていますか?
・中国に信頼できるパートナー、代理店はありますか?
・小ロットでも販売することができますか?
・中国消費者の日本のイメージに合っていますか?
・安全・安心をアピールできる商品ですか?
・自社しか製造することができない商品ですか?
・コピーされにくい商品ですか?
・エコをアピールできる商品ですか?

ECやるならまずこれらをチェックしましょう。

 今日はちょっと備忘録的に

経営層扱いであれば、就業証、労働ビザともに5年のものを申請できる。毎年一回年検というのを受けるだけでいいらしい(年検って何だろう?)。

経営層というのは、法人代表とか総経理とか董事等の職位を持つ人のことだそうで、労働契約書の中の職位がこれになっているとOKのようだ。

忘れないようにここに書いておくが、これで向こう5年は中国ですね。

今日の百度検索ワード急上昇ランキング

http://top.baidu.com/once/

1 文莱参展主题    上海万博、国別週間ブルネイウィーク情報1997  
2 优酷故障  中国動作サイト大手「優酷」のアクセス障害に関する内容 191  
3 袁腾飞 索赔 未許可出版、袁騰飛氏(教師)が出版社に178万元賠償の訴え 132  
4 任志强 扔鞋 中国不動産開発会社総裁スピーチ中に靴を投げつけられ直撃 1828  
5 张卫宁  売れっ子音楽プロデューサー(男性) 2784  
6 汉唐乐府 台湾の由緒ある劇団、現在中国大陸で公演活動中で大人気 548  
7 岗哨哥  中途半端にお洒落な軍装で校門に立ち続ける男性がネットで話題に 3019  
8 中超直播 中国プロサッカーリーグ、オンラインで生放送 1186  
9 美股暴跌原因 アメリカ株価暴落に関する記事関連 1408  
10 许颂 芸能人(女性)、台湾で大人気となり逆輸入的に大陸でも評判に 7111  

 

中国奮闘記(9)

中国へ来たなら少林寺は外せない、子供のころからゴールデン洋画劇場でジャッキーチェンをみて育った世代の僕は、同い年である友人とともに迷うことなく少林寺を目指した。

最近は株式会社として上場するのしないのとか、トップがMBA取得者とか、境内無線LAN完備とかハイテクな話題を振りまく少林寺だが、僕たちが訪れた10年くらい前は、割とこじんまりとした、素朴な感じのお寺だった。

本来なら素朴で質素で荘厳な境内に感動するはずの僕たちだったが、そのとき映画のイメージがあまりに強かったせいか、めちゃくちゃ道に迷って疲れ切っていたせいか、二人して「ふ、ふつうやね・・・・・・」という感想しかもてなかった。

それでも境内で手作り感たっぷりのキーホルダーとかお守りとか、少林寺紹介VCD(DVDの一世代前で、中国では当時主流だった)等も売られていて、当時からそれなりに商売っ気はあったのだけども、いたって普通のお寺という感じだった。

正直期待外れだった友人と僕は疲れていたので道ばたでぼうっと座っていたのだが、二人でどうやって帰ろうか相談していると、向こうからお坊さんが歩いてくるのがみえた。

このお坊さんが絵に描いたような少林寺のお坊さん(あの髭なイメージです)で、枯れて全然強そうにはみえなかったけど、如何にも映画に出てきそうな雰囲気を醸し出していた。疲れてハイテンションで大胆になっていた僕たちは、いっしょに写真を撮ってもらえないか頼んでみた。とても良いお坊さんで、年の頃は70代くらいだったと思うのだが、嫌な顔ひとつせう、いろいろなポーズもとってくれた。

ひととおり撮影が終わると、そのお坊さんは僕たちの中国語があまりに下手くそなので外国人だと気づいたようで「どちからから来たのかな」と質問してきた。僕以上に興奮していた友人がうれしそうに「日本から少林寺をみにきたのです」とちょっとしたリップサービス的嘘を明らかに発音が間違っている中国語でお坊さんに返した。

するとお坊さん、ものすごくなまりのある僕たちにはちょっとレベルが高すぎる中国語で「ほう、日本から、それはそれは遠くから有り難くもあるが、物好きなことじゃ、それほどの熱意があるなら、若者たち少林寺に入門せんかね?」といきなり僕たちをスカウトし始めた。本当かどうかしらないが、少林寺ではスカウトのような人がいて、常に入門者を募集しているらしい。

突然少林寺のお坊さんにスカウトされて興奮してしまった友人と僕は少林寺の待遇やら将来どうなるのか等熱心に聞いたのだが、お坊さんのなまりがあまりに強すぎて何を言っているのか1割くらいしか聞き取れなかったので、残念ながら丁重にお断りして、少林寺を後にした。

映画をみてあこがれて訪れた少林寺で起こった珍妙な出来事は、砂漠で迷子になった事件と同様にどこか現実感のない体験として、今でもはっきりと覚えていて、今後も忘れることはないと思う。

ちなみに思うのですが、外国人って入門できるのでしょうか。出家したらビザは何になるのかな。労働ビザ、観光ビザ、出張ビザは違うでしょうし、出家ビザなんてある?

  今日の百度検索ワード急上昇ランキング

http://top.baidu.com/once/

1冉莹颖  北京五輪ボクシング金メダリスト邹市明選手のとても綺麗な彼女30888 
2中国天平调查员管理局  実在しない公安のサイトが開設され、ネットで話題に408 
3

瓦拉谢维奇     1932年のロス五輪女子100m金メダリスト(ポーランド)

361 
4全国人民最想打的人  全国なぐってやりたい奴ランキング39000 
5朴恩善             韓国女子サッカー代表選手、その容貌から男性ではの疑惑あり2064 
6尼克尔森   ジャックニコルソン414 
7leslie kee     香港女優セシリアチャンの性行為写真をメディアに売ったカメラマン20270 
8带头大哥777     中国でPV最高を誇るブログの筆者ペンネーム2689 
9马耳他               マルタ、大統領が急病でチャーター機を使用して訪中、緊急手術2321 
10灵寿县公安局      偽造拘留書を使用した悪質な別件逮捕が批難の的に1223

 中国の5月の連休は5月3日までですが、上海は上海万博開催ということで特別4日まで休み、本日から仕事開始です。 

いよいよ上海万博が開幕しました。会場での大混乱とか、列に並ばないとか、来場者数が予想を下回るとかいろいろ言われているようですが、始まったばかりですし、最終的にはおさまるところにおさまるのではないでしょうか、オリンピックとはまた違った運営能力が必要とされる長丁場の万博ですから、主催者がどううまく回していくか非常に興味のあるところです。

2010-05-02 15.45.02.jpg 写真は街の各地に設置されているボランティアステーションです。チケットを購入したり、パビリオンの紹介が聞けたりしますが、万博のことだけでなく道を訪ねたり、付近のおすすめスポット等も教えてもらえるそうで、結構たくさんの人が利用していました。

 
会場付近はまた違うと思うのですが、私が住んでいるエリアや会社の事務所があるあたりは特に「万博!」という盛り上がりはみられず、いたって日常通りに流れています。
 
 
スタートしたばかりですから、しばらくは焦らず様子見というのが地元の人たちの考えかもしれません。

中国奮闘記(8)

30分ほどで飽きてきたことを抜きにすれば、人生で初めて生でみた砂漠は言葉にできないスケールと感動を僕に与えてくれたことは確かで、友人の「人生感変わるな!」という言葉も月並みながらその通りだと思った。
 
一面に広がる砂の海、まさにドラマに出てくるような砂漠、見渡す限りのなめらかな砂粒が織りなす山脈をみながらしばし感動にひたりながらどのくらいの時間がたったかわからないが、そろそろ帰ろうということになった。
 
が、友人が一言つぶやいた「出口どっち?」、この言葉で一気に現実に引き戻された。感動の勢いにまかせて、砂の山を適当に歩き回ったせいか、覚えていたはずの砂漠公園の入り口の木枠の方向を忘れてしまったのだ。
 
あっちをみても砂漠、こっちをみても砂の山、景色がみな同じにみえる。目印になるような建物もない。映画やドラマのように砂嵐が来たりはしなかったけれども、今自分たちがどこにいるのかは完全に見失ってしまったのは確かだ。
 
木枠を抜けてきたのが確か夕方の4時くらい、それからしばし砂漠にみとれて30分、その後木枠を捜してさまよったのが1時間半くらだった。1時間半さまよったところで、突然恐怖感が襲ってきた「やばい、迷った」。言葉がわからない外国の街中で迷うのとはまた違う、砂の海にほっぽり出された怖さはなかなか他の言葉では言い表すのが難しい。
 
西方の昼は長いので、6時になってもまだ明るいのがせめてもの救い、これで夜になってしまったから確実に迷子になって、ドラマに出てくる砂漠に転がる白骨だ。冗談抜きにそんなことを想像しながら、友人と二人で必死になって考えた。
 
「下手に歩き回ったら絶対に大変なことになるから、とりあえずここを動かないようにしよう」という意見で一致した友人と僕は、さっきの木枠のところにいたおっさんが気づいてくれることを心で懸命に祈りながら、お互いを慰める気休めを言いながら、恐怖感いっぱいの心持ちをやせ我慢で耐えていた。
 
でも冷静に考えた「死ぬかも・・・・・・」。
 
それからどのくらい時間が経ったか、もう諦めかけていたが僕たち二人のところにそれはやってきた。
 
目の前のひときわ高い砂の山の上のほうから、ラバのような生き物(最後までラバなのか何なのかわからず)を引っ張って、相変わらず無表情のおっさんがとぼとぼと歩いてきたのだ。我々を呼ぶわけでもなく、見つけて感動するわけでもなく、お家に帰るように普通にこちらに近寄ってきた。
 
僕らはもう助かったという気持ちと、ほっとしたやら、恐怖から解放された脱力感やらで声にならない声でおっさんのところへ駆け寄って、つたない中国で伝わったかわからないけれども、感謝の言葉を山のように述べた。
 
それでもおっさんはいたって冷静に我々に一言
 
 
 
 
 
 
「公園已経関門了」 砂漠公園はもう閉園ですよ
 
 
 
 
 
おっさんは、僕たち二人が戻ってこないの、閉園することができず家に帰れなくて困ったいたそうです。
 
ともあれ、砂漠の民のおっさんに感謝した砂漠で遭難騒ぎでした。

 

中国奮闘記(7)

 数々の問題に遭遇した僕の中国国内旅行の中でも、あれは本当に一歩間違えれば死んでいたかもしれないということがあった。

 
それは、友人と2人で新疆ウイグル自治区を旅したときだ、現在のような独立運動や動乱も無く、天然資源の宝庫ともみられていなかった当時の新疆ウイグル自治区はなんだかとてものんびりしていた印象がある。甘粛省から新疆ウイグル地区に入るバスはドイツ車真っ青のガッチガチのセッティング、というよりサスペンションがついてないのではないかというようなポンコツで、一定距離を走るたびに、バスの上に積載している荷物が路上に落下してしまい、それを取りに戻るということを繰り返していた。
 
ともかく、やっとのことで新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチに着いた。新疆ということで、友人と私の2人は、シルクロードなイメージと期待に胸をふくらませて街に入ったのだが、ウルムチは漢人が非常に多くて、意外に普通の中国の街だったことにがっかりした覚えがある。
 
中国の西の端まで来て普通の街だけみても仕方がないということで、友人と私の2人は更に進んでトルファンに移動した。このトルファンが当たりだった、まさに我々が思うシルクロードの街、サスペンション無しのバスは相変わらずだが、街の至るところにブドウが生っている、街ゆく人はみなエキゾチックな顔立ち、どこからともなくコーランのお祈りの音が聞こえてくる。興奮した友人と私は街中歩き回っているうちに夜泊まるホテルを予約するのを忘れてしまい、ホテル探しに大いに苦労することになった。
 
新疆まで来たからには、砂漠はみないと帰れないだろうということで、ようやく見つけたホテルの宿泊予約もそこそこに、ロビーの支配人らしき人に、この近くに砂漠はありますか?という何とも間の抜けた質問をしてみた。この支配人風のウイグル人のおっさんがとても親切な人で(最後まで支配人かどうかは確認できなかった)、初めてならここへ行け、美しい写真が撮りたいならこっちへ行け、ドラマに出てくるような砂漠がみたいならあそこがいいといろいろと教えてくれた。
 
我々二人は当然、ドラマに出てくるような砂漠がみたいというので意見が一致し、ホテルからそれほど遠くない距離にある(それでもバスで6時間)砂漠公園と呼ばれるところへ行ってみた。
 
砂漠公園という名前から、それなりに国立公園のような景色を想像して行ってみたのだが、見渡す限りの砂漠の中に、ぽつんとドラえもんのどこでもドアのような木枠と砂漠公園と書かれた木枠が建てられているだけだった。
 
その木枠の横にこれまたぽつんと砂漠が似合いそうなおっさんがラバのような生き物をつれて椅子に座っていたので、このおっさんに「ここは砂漠公園ですか?」と聞いてみると、「そうです、ここが砂漠公園です、入場料は20元です。」という抑揚の無い答えが帰ってきた。でも、砂漠公園とは言いながら見渡す限りの砂漠で、木枠のような入り口はここにしかない。「迂回したら、無料なんじゃ?」とうっすらとは思ったが、どこまでも続く広大な砂漠に感動し、興奮し、冷静な判断ができなくなっていた友人と僕は、20元を支払って、律儀にもこの木枠から裁くに入場した。
 
確かに砂漠はすごかった。四方八方が全て砂、しかもきめ細かいさらさらの砂、支配人風のおっさんが言っていたことは本当だった、友人と僕は砂漠のものすごい存在感と迫力に圧倒されて、しばしその無数の砂が作り出した巨大な海の中にたたずんでいた。
 
一体どのくらいの時間が過ぎたのだろうと腕時計をみてみると、30分しか過ぎていなかった。
 
 
これから砂漠へ行く人には申し訳ないんですけど、すみません30分くらいで飽きてきます砂漠・・・・・・
 
中国激闘記(8)に続きます

中国奮闘記(6)

留学生にも長期休みがある。休み期間中は、帰省する人(駐在員の奥さんや企業派遣のサラリーマン学生が多い)と中国の国内旅行に出かける人(自費留学の人が多い)に分かれるが、僕は国内旅行に出かけることが多かった。

 
あまり深くは考えていなかったが、上海に留学しているだけでは中国全体を理解したことにはならないし、なんと言っても上海は皆普段上海語を話しているので、普通語の実力をアップするためにも、いろいろな街へ行ってとにかく中国語を話して、聞いて、中国を理解してこようというのが当時の旅行の理由だった。
 
留学中の二回の長期休みで、北京、大連、青島、ハルピン、鄭州、煙台、ウルムチ、トルファン、ホータン、洛陽、西安、成都、広州、福州、長沙、合肥、蘇州、杭州、南京、無錫、揚州、アモイ等へ行った(もっと行ったような気がするが忘れた)。
 
当時は学生でお金も無いから、基本的に移動は長距離バスか鉄道で、バスなら10時間、鉄道なら20時間の移動というのはザラだった。ホテルは一泊20元くらいの、部屋ではなくてホテルがバックパッカーに開放している地下室が基本で、街中の移動は徒歩、あまりに距離があるときはバイクタクシーを使った。
 
旅行というのは、語学の上達という意味では最高のシチュエーションだ、なぜならありとあらゆるトラブルに見舞われるからだ(笑)。
 
もう忘れてしまったこともたくさんあるけれど、覚えているだけでも書いてみると。
 
 
北京では夜ホテルの地下室で寝ていると、50年に一度の大雨とかで、大量の雨水が部屋に流れ込んできた。
 
洛陽では、ドアの無いタクシーに乗せられて、運ちゃんに笑顔で「ある意味オープンカーで快適だろう?」と言われた。
 
青島では、明らかに賞味期限が過ぎている海鮮を振る舞われて予想通りお腹を壊した。
 
鄭州では、鉄道が駅を通りすぎて停車。降りたらみたことも、聞いたこともない村だった。
 
鄭州の近くの少林寺では、お坊さんのスカウトを受けて、もう少しで出家しそうになった。
 
トルファンでは砂漠で迷子になって、あやうく遭難しそうになった。(これは後日詳細書きます)。
 
杭州では、市価30元のお茶を3,000元で売りつけられそうになった。
 
成都ではパンダをみにいこうと誘われてついていったら、パンダのぬいぐるみを見せられて500元とられた。
 
長沙では乗った遊覧船が座礁した。
 
等々、こういうトラブルとも事件ともいえる出来事に出会うたびに、自分が持っている中国語の能力を総動員するわけだから、普通の勉強だけでは習得することができない、中国語能力を身につけることができたのは確かだ。
 
旅行に行けば、学校で勉強した内容をベースにして、どういうシチュエーションでどいう表現を使えばいいか?、どういう言い方をすれば通じるか?中国の人は何を考えているのか?というのを知ることができるし、、様々な地方の人々のいろいろな普通語のなまりやアクセント、癖を理解することができる。それに中国という国の大きさ、ひとくくりに中国人は・・・とは言えない多様性を理解することができるので、旅行というのは中国語上達のため、中国理解のための最高の機会だと思う。
 
そんな旅行を繰り返しながら、僕の留学生活はあっという間に終わろうとしていた。

中国奮闘記(5)

学校の授業は午前のみで、午後は基本的に自由だったので留学中はとにかくいろいろなところへ出かけた。

 
学生寮に住むことになるので、身の回りの生活用品や雑貨等は全て自分でそろえないといけない、全てを日本から持ってくることは不可能なので、スーパーやホームセンターへ買い物へ行くのだが、中国へ来たばかりの僕に取っては、これがかなり難易度が高かった。
 
当時はまだまだ国営デパートのようなたたずまいの商店も残っていたので、買い物をするためには店員のおばちゃんにカウンターごしにあれを見せてくれ、それを取ってくれと頼まないといけないうえ、サイズやら色やら、用途等ありとあらゆることを説明してやっと目的のものにありつけるというので、必ずしも自分が欲しいと思っているものが出てこなかったとしても、気が小さく、満足に中国語を話せない僕は、おばちゃんの押しの強い態度に負けて、笑顔でありがとうと答えるしかなかったことが多かった。
 
覚えているのは、タオルを買おうとして出てきたタオルの生地ががさがさで店員のおばちゃんに「このタオルの生地はちょっと粗いので、もうすこしなめらかな肌触りのタオルはないのか?」と聞こうとしたのだが、この粗いという中国語の発音が「マオ、mao」というので、一生懸命このがさがさのタオルを指さしながら「マオ、マオ」と叫んでみたところ、なぜかキティーちゃんのタオルが出てきたことがあった。
 
そういえば猫も中国語では「マオ」というので僕の発音とイントネーションが悪かったらしい。なめらかな肌触りのタオルを希望して、キティーちゃん柄のタオルが出てくるという結果に釈然としない思いをいだきつつも、自分の中国語のレベルの低さをなげきながら仕方無くキティーちゃんのタオルを買って帰ってきたわけだが、後から他の留学生に聞いてみると、普通のタオルは3元くらいで買えるのに、そのキティーちゃんタオルは輸入品で50元もしたことを思えば、これはかなりの授業料だったことになる。そういえば店員のおばちゃんがほくほく顔だったのは、理由のあることだったのだ。
 
それでも、午後の街でのチャレンジは中国語の上達にかなりの貢献を果したわけだから、留学生にとってはどんな人でも貴重な語学の先生になり得るなあと、そのときは思った。

このアーカイブについて 記事について

このページには、2010年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年4月です。

次のアーカイブは2010年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。